峠の酒  (連載八)

作・篠田次郎

 今度は民之助が真顔になって聞く。
「ところで古手屋さん、酒づくりには酒づくりの職人がいるのですがね。杜氏といいましてなぁ。冬だけの出稼ぎなんですよ。一つの蔵に長く勤める者もあれば、一年ごとに蔵を渡り歩く者もいるんです。あんたはいろんな土地をお回りだからもしかしたらご存じかと思い聞いてみるんだが、この杜氏家業で、新、新さんという名の人の話を聞いたことはございませんかねぇ」。
「そんなこと、あっしが知るはず、ありませんでしょうが」。
 民之助はこの山吹屋の酒づくりは、ふた造りして消えた新が置いていった技ではないかと考えたのだ。それまで無名というか、他の蔵の酒と同じであったろう峠酒を、素人の舌でも見分けがつくほど美味しく押し上げた新のことだ。もし、新が酒づくり職人だとしたら、もちろんそんなことは考えられないが、そうでも考えなければ民之助の疑問は解けないので、その腕の持ち主なら、どこかの酒蔵で名杜氏としてその名をほしいままにしているのではと思ったのだ。
「何ですかい、そのお人がこちらの酒づくりを教えたというのですかい」。古手屋は醜く顔をゆがめ、大きい体を揺すって空笑いした。
 世間に明るいと思われる旅商人の古手屋でも、二十五年も前のこの峠宿の酒屋に何が起きたかを知るはずはない。敢えてそれを説明する必要もないと思われたが、話し始めたついでだ。民之助は自分の考えをまとめておこうと思い、有ったこと無かったことをまぜこぜにして話を続けた。
「私はね、二十年ほど前にこの蔵へ婿に来た者なんだよ。そん時はもう、義理に当たる親はいなかったので、この酒蔵の古いことは聞かされてはいないのだ。何でも、源氏か平家の血を引く者がここへ落ち延びたのが先祖だと言われているがね。その一党を率いていたのが、酒づくりを始めたらしいんだ。本当か嘘か分からんが、どこにでもありそうな話だよね。
 私がここへ来る何年か前、たぶん渡りの酒づくりの職人だと思うんだが、ここで酒をつくっていったそうだ。若い職人だったそうだ。どこの出身かは分からんのだよ。腕もさることながら、器量のいい若者だったそうだ。新さんという名だったそうだ。
 それ以来、峠の酒は旨いと評判になってねえ。そのことは埴崎辺りであんたもお聞きになっただろう。あの辺からももっと遠いところからも、あんたがご覧になられたように酒を買いに来てくださってなぁ。それで小さいながら、細々と酒づくりをやれているというんだよ。
 わしはなぁ、そのずうっと後でこの蔵に入ったんで、蔵人たちがやっているのを真似て酒をつくっているだけなんだ。何の工夫もない。これという考えもない。ただみんながやっているのをそのまま真似ているだけなんだよ。このやり方が峠の水、峠の空気に合っているのだろう。余計なことはしない方がいいと思っているんだがね。
 その、新、新さんというお職人ね。これだけ評判の酒に仕立てたお人だから、その後も、どこかでいい酒をおつくりになっておられるんじゃないかと思っているんですよ。ここに住んでいては、その評判は聞こえてこないけど、どこそこでいい酒をつくっておられるんじゃないかなぁ。古手屋さん、どこかでそんな腕のいい職人の評判をお聞きになったことはありませんでしたかね。
 もしね、どこかに元気でおられるなら、一言お礼も申したいしね。
 そりゃね、わしも若い時はその新という人に焼き餅みたいな気持ちを持ったこともありましたよ。自分でつくっている酒が自分の技から出来たもんじゃないんですからねぇ。自分の考えでやってみようとも思ったんだけど、そんなことをやって、評判を落としてしまっちゃ取り返しがつかないと思うと、とても新しいことは出来ない。そして、二十年、ひたすら同じ事をやってきたというわけなんですよ。
 ここがこつなんだということを、そのう、新さんという人に教わって、納得できて酒づくりがやれればどれだけ気が晴れるか。お礼を言いがてら、そのお人に教えてもらいたいんですよ。お分かりになるかな」。
 民之助は、自分が言っていることが本当のことではない、本音ではないことを十分に分かっていた。



○『峠の酒』は「富田通信」20周年のお祝いに篠田次郎先生からいただいた未発表小説です。
○『峠の酒』につきましては、無断複写、無断転載はお断わりいたします。
                           富田酒店

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