第251号(2008.8.10)
日本酒おもしろことば
 7月19日、気象庁から東海、北陸、関東甲信、東北南部と北部の各地方が梅雨明けしたとみられると発表があって、今年は空梅雨の上にこりゃまたずいぶん早く梅雨が明けたものだと思っていたのですが、皮肉にも新庄は梅雨明け発表以来、8月に入っても梅雨のような天気が続いています。
 ところで、7月に篠田次郎さんが『日本酒ことば入門』という大変面白い本を出版なさいました。そこで今回の富田通信は本の紹介もかねて、この本の中から日本酒にかかわる面白いことばを抜き書きしてみました。

【おどり 踊り】
 酒の仕込みは、もろみを三回に分けて仕込む。初日が「初添え[はつぞえ](または添え)」、二日目は休みでこの日のことを「踊り」という、三日目が「仲添え[なかぞえ]」、四日目が「留添え[とめぞえ]」という。
 「踊り」とは、もろみの仕込みがない日をいう。「踊り」の語源は、階段の「踊り場」、金銭の貸借契約切り替えのときに「踊り歩」という利息の二重払いをすることなどから、「休む」とか「ダブる」ことを意味するのだろう。

【おにごろし 鬼殺し】
 アルコールがよく出た酒。もろみの中の糖分(米のでんぷんが麹の糖化力でつくられる)がほとんど残らずアルコールになったもの。甘みもうまみもごく少なく、アルコール度数が高いので、酒豪の鬼も死ぬだろうというので、このような酒を「鬼殺し」と呼んだ。
 はじめは蔑称だったと思われるが、市販の日本酒の甘口化が行き過ぎ、辛口酒が求められたとき、商標としてクローズアップされた。
 この名前単独では、酒を表わす普通名詞ということで、登録商標にはならない。

【きつねおけ 狐桶】
 酒袋にもろみを注ぎ込む器。木製の手桶で、一方がすぼまって狐の顔の形に似ているため、この名がついたようだ。
 いまと違って加工しやすいプラスチックがなかったころ、蔵の桶職人がつくった桶の形を見れば「きつね」以外の呼び名は出てこない。
 同じ用途に用いる小桶で、たぬきというのもある。これは、きつねに対して考え出された呼び名だろうか、言い得て妙である。

【たぬき】
 酒を搾るとき、もろみを酒袋に注ぎやすいようにつくられた手桶。サルのボボという異名もある。いまは手元にストッパーがついたホースを使っている。

【はと】
 酒袋にもろみを詰めるとき、「きつね」とか「たぬき」と呼ばれる専用の柄杓を用いた。これが合理化され、ホースで送られてくるもろみを、出口で簡単に開閉操作できる器具ができたが、それを「はと」という。

【かたうま 片馬】
 酒の取引用語。四斗樽一本のことを、片馬という。酒が四斗樽詰めで取引されていたころ、四斗樽二本を一駄という単位で呼んだ。四斗樽二本を振り分けにして馬の背に積んだのが由来である。そこから片馬は四斗樽一本ということになる。

【くびきりぐら 首切り蔵】
 蔵には癖があるといわれる。その蔵は、どんないい杜氏を呼んできても思うような酒ができない。そんな蔵を、杜氏の間で「首切り蔵」とひそかに呼ぶ。いい酒ができないと杜氏の首が切られるからである。こんにちでも、品評会の成績が悪いと、次々に杜氏の首を切る蔵がある。

【くびつり 首吊り】
 もろみの搾り方。酒袋にもろみを入れ、これをタンクの縁や渡し木に吊るし、圧力をかけずに酒を滴らせる方法。舌触りのいい部分を搾ることができる。
 その形から、首吊りというが、響きが悪いので私は「袋釣り法」と呼んでいる。

 いやぁ、きつねやらたぬきやら、何やら動物園さながらのことばがあったり、首切りやら首吊りやらの物騒なことばがあったり、日本酒ってほんとうに面白いですね。ほかにも「天星」やら「つかみ酒」やら「一夜酒」などなどおもしろことばがたくさん載っています。興味のある人はぜひお買い求めの上、ごらんになって下さい。・・・乾杯!



本 の 紹 介
『日本酒ことば入門』 篠田次郎著 無明舎 1785円
 吟醸酒ブームの仕掛け人が、日本全国の蔵人用につくった講座テキストを一般書に編みなおした「酒屋ことば」の用語集。失われていく味や蔵人の職人用語を収集、解説する保存版の1冊。
 富田通信でも取り上げましたが、非常に分かりやすく、面白い本です。また、日本酒に関することばだけではなく、日本酒の歴史や酒の歳事や行事なども紹介してあります。お薦めの一冊です。
『小説 幻の酒』 高瀬斉著 BABジャパン 1890円
 著者の高瀬さんは、13年前、『新潟酒物語・幻の酒造りに燃えた男』という漫画を描きました。戦前・戦後を通じ新潟県の酒造りを指導し、吟醸酒の重要さを説き、「越乃寒梅」や「八海山」などを育てた鑑定官・田中哲郎の物語です。
 いつかこの話を文章化したいと思っていたそうですが、この度「小説」という形で発表されました。
 7月20日に発刊されたばかりでまだ読んでいないのですが、とっても興味をそそられる本です。



……… 編 集 後 記 ………
○今年もまた8月24、25、26日の新庄祭りに向けて山車(やたい)つくりが7月20日から始まりました。毎年、歳も歳なんだから、今年こそ連夜の山車つくりから少し遠ざかろうとは思うんですが、今のところ今年もしっかり町内の若い連中と毎晩、ワイワイガヤガヤとやっております。
 今年の我が町内の山車は『風流 黒田武士』。で、もちろん山車制作のあとは主人公の母里太兵衛に習って、おおいに酒盛りで盛り上がっています。
○今日、修理を頼んでいた釣り竿が届きました。そう、富田通信248号「ちょっといい話」で書いたあの黒鯛釣り用のヘチ竿です。早速ケースから取り出して継いでみると天明竿独特の日本刀を思わせる美しい曲線とともに、まるで竿に命が宿っているかのように凛とした力強さが手を通して伝わってきます。
 つくり直されたその竿は以前の竿よりも格段にポテンシャルが上がっているような感じがします。竿に負けないように腕を磨かなければ! ということで、さっそく釣りに行かなければ。・・・エヘヘ。

E-mail:tomita@vega.ne.jp ->メール