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アルコールと運動能力 8月24日の新庄祭りを境に最低気温が10℃台に下がり、ずいぶんと過ごしやすくなりました。「新庄祭りが終わると秋が来る」という昔からの言い伝えは今年も的中したようです。暑さと祭りで疲れ果てた身体が朝晩の冷気で少しずつ回復していきます。 さて、このところ飲酒運転による悲惨な事故が相次いで報道されていますが、酒を扱う者として、アルコールが身体、特に運動能力にどのような影響を与えるかをお知らせしなければならないと思いました。 そこで、1975年、東京大学の公開講座で講演された宮下充正氏(現、東京大学名誉教授。当時は教育学部助教授)の「酒と身体運動」を要約して書いてみたいと思います。 酒と剣道の試合 酔ったときの人間の身体の動きはどうなるのだろうか。 この問題解決のため、学生時代、全日本学生選手権大会に四年連続決勝進出、三年目四年目では日本一になった剣道の達人と、三段・四段の段位を持つ大学生5名との試合をしてもらうことにした。 勝負は一本で、大学生5名がそれぞれ間合いを長く取ることなく打ち込むという条件で行なった。 最初は酔ってない状態で行ない、次に達人にはウイスキー270ccを20分の間に飲んでもらいだいぶ酔いが回ってから行なった。 結果は、酒を飲む前の試合では、大学生はつけ入るすきがなく達人の一方的な勝利であったのに、ウイスキーを飲んだあとの試合では達人が一方的に打ち込まれて負けてしまった。いったいなぜ負けたのだろうか? 体力や技術に及ぼすアルコールの影響 体力は三つの要素の複合として説明できる。つまり、力・スピード・スタミナ(持久力)である。 剣道では、剣を振るう力、スピード、さらには、幾人をも相手にするスタミナが、それぞれ要求されるわけである。 このうち、力とスピードは人体の筋系が、スタミナは呼吸循環系が主として関与する。 また、技術的な面は、相手の動きを判断して、素早く正確に動作を起こすという神経系の働きが、主として関与する。 ここで、それぞれに対するアルコールの影響を見てみよう。 最初に体力面に対する影響であるが、いろいろな実験の結果、アルコールは力・スピードの筋系、スタミナ(持久力)の呼吸循環系にはほとんど影響を及ぼさないことが明らかになった。 次に技術面である神経系に対する影響であるが、反応時間と身体の調節との二つに分けて見てみよう。 環境の変化に対し、直ちに動作を起こすまでの時間を反応時間と呼ぶが、アルコールは反応時間にバラツキを増大させる。つまり、最も早く反応する時間は酒を飲んでもしらふでもほとんど変わりはないが、酒を飲むと反応時間が遅くなる場合が多くなるのである。これは、環境の変化に注意を集中することが、うすれがちになるであろうと推定される。 身体のいろいろな部分を調節して、一つのまとまった目的に沿った動作を行なうという技術に関与するのは、神経系であって、その中でも特に小脳が重要な役割を果たしている。小脳をとってしまった動物では、不格好な動作しかできず、また人間の場合でも小脳が外傷や腫瘍によって障害を受けると、両方の人差し指を、左右から眼前で合わせることができなくなるというように、運動の協調性が悪くなる。 アルコールの特性は富田通信80号にも書いたように脳を眠らせる作用です。つまり小脳もその作用を受けて動作の協調性が大いに乱されるのです。 むすび 剣道の達人が酒を飲んだ故に負けた理由として、次のように説明できる。 剣道の基本となる体力面では、筋の発揮する力と、心肺の働きによるスタミナといった点ではアルコールの影響は強く受けない。しかし、やや注意が散漫となり反応が遅れやすくなる。 また、小脳を中心とした動作の協調性に乱れが生じ、まとまりのある動作が困難となったからであろうと推定される。 達人が「酒を飲んで学生に敗れたとは名折れである」と言いながら勝負したそうですが、これは体力面では酒の影響を強く受けないことから、飲んでも負けるはずがないという錯覚が言わせた言葉でしょう。結果は惨敗でした。 剣道の試合を自動車の運転に置き換えたら、・・・ゾッとしますね。飲酒運転は絶対にしないでください。 |
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