酒に“さかな”
冬から春への爆発的なエネルギーの前に戸惑いを感じる季節が去り、そして騒々しいゴールデンウィークも終わって、爽やかで穏やかな風薫る5月になりました。
空には鯉のぼりが泳ぎ、そして私の頭の中では魚が泳ぎ回っています。あああ、富田通信をほっぽって釣りに行きたい! てなわけにもいきませんので、せめて今回の富田通信は「酒おもしろ語典」より“さかな”の話をしましょう。
さかな(肴)
今では、魚屋と書いて「さかなや」と読み、「さかな」とは魚のことのようにされていますが、これは語源から言うと正確ではありません。
「さかな」とは本来はさけのな、すなわち「酒菜」で酒に添えるものの意味でありますが、その「菜」は酒菜ともに通ずるのであって、魚鳥類のことを真菜(まな)、菜藻類のことを疏菜(そな)というのであります。
また「さかな」とは必ずしも食品のみとは限らず、平安朝時代から鎌倉時代を経て室町時代まで(8〜16世紀)は、長上の者がその部下の者を酒宴に招くときの「さかな」は、衣類や武器などのいわゆる引き出物でありました。
その後、歌謡舞踊の発達に伴い、その招かれた者などが報謝の気持で演技するのが、長上の者への「さかな」でもありました。
さらに主従こもごも歌舞をする風習も起こりましたが、そのような「さかな」、すなわち酒の肴に踊り舞うことを、また「さかなまい(肴舞)」ともいいます。
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『古今夷曲集』の寛文の項に
肴舞の 扇子の風もいやで候
今を盛りの 花見酒には云々
とあり、また歌舞伎でもご存じの狂言「棒縛り」では
「肴に、何ぞ小舞を舞へ」
と言っています。
食物としての肴は、何も山海の珍味に限ったことではありません。それどころか江戸時代までは、むしろ簡素な添え物の方が多かったようです。『大和物語』にも
「堅い塩、肴にして酒を飲ませて」
とあります。
その後、江戸中期頃より社交的な宴会が盛んになるに従って、芸能方面の「さかな」はもっぱら専門の歌妓(かぎ)、幇間(ほうかん)の受持になり、それが今日の芸者となり、宴席の最初にする肴舞がいわゆる「お座付き」となりました。そして客へ贈る「さかな」は引き出物として存続され、また宴席に出るお料理の「さかな」はだんだん贅沢になって魚貝類が主用されるようになったのでありますが、これがすなわち、さかなといえばいつとなく魚類のことになってしまったゆえんであります。
また、そのほか面白い話を「さかな」にすることがよくあります。皆さま方の中で、他人のうわさ話などを肴にして、「あいつ今頃くしゃみをしているだろうなあ。ワッハッハッ」などと話しがはずみ、酌み交わす酒もまたはずむというようなご経験がおありではありませんか?
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