第122(97.11.10)


「生もと」と「速醸もと」

 10月27日、新庄は去年より17日も早く初雪が降りました。その日のNHKの全国版の天気予報で新庄に初雪が降ったことをいってましたので、ご覧になった方もいるかと思います。「まったぐ新庄だば、ゆぎのごどですか、全国版のニュースになんねにやぁ。ほんて、やんだぐなるにやぁ。」(全く、新庄は、雪のことでしか、全国版のニュースになりませんねぇ。本当に、いやになりますねぇ)と愚痴を言いながらテレビを見ていたのですが、初雪の早い年は、雪が少ないそうです。・・・期待しましょう。

 ところでテレビといえば、NHKの朝の連続ドラマで「甘辛しゃん」という、灘の造り酒屋のお話が始まりましたね。私も見ていますが、この前ドラマの中で生もとから速醸もとに変えるという話が出てきました。そこで今回の富田通信は、この生もとと速醸もとについて書いてみたいと思います。

「もと」とはなにか

 「もと」という字を漢字で表わすと酉偏に元と書きますが、漢和辞典に載っていません。もちろんJIS第1・第2水準の漢字の中にもありません。


 ですからこの「もと」という字の漢字をパソコンやワープロで書こうとすると、外字エディタなるものを使って字を作らなきゃなりません。嘘だとお思いでしたら、漢和辞典で調べてみて下さい。どうです? 無かったでしょう。………あっ、失礼しました。そんなことはどうでもいいことでしたね。話を本題に戻しましょう。

 酉偏に元と書いて「もと」。酉は酒のことですから、もととは、読んで字のごとく、酒を造る元となるものをいい、よい酒を造るためによい酵母をたくさん培養したものです。酒母(しゅぼ)ともいいます。

 酒母の造り方には二つの流儀があります。一つは、古来からの「生もと」の流れをくむものと、明治の終わりに合理化された「速醸もと」です。

 それでは、生もとから説明しましょう。

生もとによる酒母づくり

 酒は酵母の働きによってできますが、酵母の存在さえ知らなかった昔、どうやってよい酵母だけを培養できたのでしょうか。その方法が江戸時代にできた生もとなのです。

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 では、簡単に生もとによる酒母づくりを書いてみましょう。

 まず、十分に冷やした蒸米と麹、仕込み水とを6~7℃くらいの低温で仕込みますが、最初は三者を8等分して、それぞれを「半切り」とよばれるたらいのような浅い桶に入れ、3、4時間おきにすり潰します。この作業をもとすり、または山卸しといいます。次に、半切りの中味を順次合わせていき、酒母タンクに移してからも低温に4~5日保ち、それから暖気 入れといって、熱湯を入れた樽を酒母タンクに挿入して、温度を一日1℃位ずつ上げていきます。これを10日間くらい続けている間に、よい酵母だけが育つ培地ができるのです。 なぜなのでしょうか。そこには、見事なまでの生物遷移を見ることができます。

 生もとは、まず6℃くらいの低温で仕込みますが、この低温が野生酵母などの活動を抑えておきます。数日の間に、仕込み水からくる低温で活動するシュードモナスや水棲細菌、麹からの産膜酵母などの硝酸還元菌が動きだして、仕込み水に含まれている硝酸塩を還元して亜硝酸を生成します。一方、乳酸菌も低温性の菌が働いて、乳酸をつくりだします。すると亜硝酸と乳酸の共同作用で、野生酵母が殺されます。

 さらに乳酸発酵がすすむと、酸性に弱い硝酸還元菌は死滅し、次に乳酸菌も自分たちのつくった乳酸で弱ってきて、最後には死滅します。つまり、酒母の中に雑菌がまったくいない状態になるのです。そしてこのころになると、酒母中の糖分もアミノ酸も増えてきて、酵母の栄養は十分となります。


 ところで酵母は、酸性に対しては滅法強いのです。こうしてよい酵母だけが選択的に培養されるのです。

速醸もとによる酒母づくり

 明治42年、江田鎌治郎氏は、生もとづくりの要諦は酸っぱくなること、つまり生もとによる酒母づくりの前半は乳酸発酵であることを見いだし、仕込みのときに乳酸を加え、さらに酵母も同時に加えて、酒母の速成を考案しました。これを速醸もとといいます。これによって酒母の完成が生もとでは約30日かかっていたものが、約15日でできるようになりました。今日、日本酒づくりの95%以上は、この速醸もとによっています。

 なお、「山廃もと」というのは、生もとづくりのもとすりをしないもと、つまり山卸し作業を廃止したもとのことで、速醸もとの考案と同じ頃に、嘉儀金一郎氏が考案しました。味の個性は「生もと」が一番強く、ついで「山廃もと」、「速醸もと」の順でしょうか。

 酒母によってもお酒の味は、グ~ンと広がるんですよねえ・・・乾杯。

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…… 商 品 紹 介 ……

出羽桜『大古酒 枯山水』
 マイナス2℃で熟成させた本醸造・三年古酒「枯山水」が入荷しました。
 サラリとした上品な熟成味は、毎年多くの酒通をうならせています。
 「燗上がり」する酒で、お燗をするとその味わいがさらに柔らかに優しくなり、お燗の苦手な人にも、お燗の素晴らしさがお分かり頂けると思います。
内容:度数/15.5% 酸度/1.3cc 日本酒度/+5
   米・精米歩合/麹米・美山錦 55%
   掛米・雪化粧 55%

 1.8L \2945(税別)





…… 本 の 紹 介 ……

「吟醸酒への招待」 篠田次郎著
 吟醸酒は「日本酒から生まれた日本酒でない日本酒」である。製法は従来型の日本酒と同様ながら、米を磨き酵母を探し技術を開発し、百年に一つといわれる高い酒質を達成した。新しい飲酒のスタイルを確立し、淡麗辛口から濃醇甘口まで多様な嗜好に対応して、洋酒の攻勢で退潮著しかった日本酒を救い、酒卓に定着した。酒蔵設計者として吟醸酒の誕生と成長を愛情こめて見つめてきた著者がその過程と秘密を探る。吟醸酒蔵元一覧付。

中公新書 \700(税別)

「味よし酒よし人もよし」 高瀬斉著
 「特ダネ最前線」連載の漫画「なぜか僕が板さんでーす!」も300回を越えました。第1話~第194話までは「アイデアパパのまんが料理教室」「君も酒通・肴通」として今まで4冊の単行本になっていますが、今回は、第195話〜第254話までの60話分をまとめました。

 \1000(税別)

※上記2冊は、当店でも売っておりますので、よろしかったらお求め下さい。なお、当店の「味よし酒よし人もよし」は、著者の高瀬斉さんの直筆サイン入りです。



…… 編 集 後 記 ……
 今年になって海釣り(防波堤の釣り)を始めました。大きい魚が釣れたらどうしようってんで、必ず玉網を持っていくんですが、いまだかつて使ったことがありません。あぁぁ、早く使ってみたい・・・。

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