第116(97.05.10)


匂いについて

 ゴールデンウイークの慌ただしさと桜の華やかさも過ぎ、今、中庭の池のほとりの山吹やぼけの花が、柔らかな春の陽を浴びて静かに咲いています。
 風薫る5月ですねぇ。そこで今回の富田通信は匂いについて、格調高く? 文学的に迫ってみたいと思います。
 ところで皆さんは、A.ビアスの「悪魔の辞典」(西川正身選訳 岩波書店)という本をご存じですか。悪魔という語感からすると、春には似合わない、なにやらおどろおどろした本を連想なされるかもしれませんが、あの芥川龍之介も影響を受けたという、風刺の効いた、目からウロコの本なのです。で、そこから匂いについて引用しようと思ったのですが、残念ながら匂いの項目はありませんでした。
 そこでといっては何ですが、「悪魔の辞典」の日本版ともいうべき「噴飯 悪魔の辞典」安野光雅・なだいなだ・日高敏隆・別役実・横田順彌共著 平凡社から引用して、匂いについて迫ってみましょう。

【匂い】におい
 男が奥さん以外の女の子とモーテルに行く。そこで、おふろに入ったり、その後に、たいていやることをやって、何食わぬ顔をして家に戻る。その時、奥さんが、


「くんくん、おや、こんな匂いのせっけん、うちにあったかしら」

という前置きなしに、

「あんた、今日、何処に行ってきたの、何やら浮気の匂いがするわ。まさか、若い女の子と、モーテルに行ったりはしなかったわね?」

と、いったりすると、たいていの男は女の勘て恐ろしい、と思ってしまう。種を明かせば、女の勘なんて、石けんの香りに敏感なだけなのである。(なだ)

 生理学では化学的刺激の一つとされるが、これは誤りである。文学、政治などというおよそ非化学的なものからも、ひじょうにしばしば発するからである。(日高)

 かつて或る劇場で、「匂い」による演劇が興行された。観客は大いに感動して帰ったが、その感動の内実を誰にも伝えることは出来なかった。「匂い」は受信されるが、発信することは出来ない。(別役)

「春」、「犯罪」、「伝統」、「貧乏」などが発する香り、臭みなどのこと。(横田)

鼻に訴える、言葉に勝る言葉。(安野)

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 「匂い」は受信されるが、発信することは出来ない。・・・名言ですね。吟醸酒のあの芳しい香りをいくら説明しても分かってもらえない訳ですよね。やっぱり吟醸酒は、飲むに限ります。

 話がだいぶ格調高くなってきたところで、匂いの持つ力について、八岩まどかさんがその著「匂いの力」の中でおもしろいことを書いていましたのでご紹介します。
 『江戸っ子が好んで使った言葉のなかに「糞を食らえ」というものがあったそうである。−中略−それは本来は罪人を白状させるために行なわれた拷問から起こった言葉なのであった。
 この拷問の正式名称は「糞問い」といい、この拷問を行なうことを「糞問いにかける」と呼んだ。その方法はというと、「罪人を仰向けに寝かしておいて、その顔の上に糞便を徐々に注ぎかけていく」というとんでもないものなのである。
 「こうして少しずつ顔の上に糞をかけられると、それが鼻の穴や口の中に入ってくる。入ったらたまらんから呼吸をせずに我慢している。しかし、呼吸しないで長くいられるものではない。息をすると汚物が入ってくる。入らない場合でも顔へ注ぎかけるのだから、鼻の先から口の辺りに糞便が流れてきて、たまらない」


 まさに、これではたまらないのである。締め上げたり、叩いたり、石を抱かせたりと、さんざん痛めつけても頑固に口を割らない者に対する最後の手段として、「糞問いにかけろ」という言葉が発せられる。その言葉だけで白状する者も多かったというから、痛い、苦しいを超える「糞を食らえ」の威力は絶大なものだったのである。

 そして、この「糞を食らえ」は、「糞っ食らえ」「糞ッ!」「糞ったれ」と各種のバリエーションを生みながら、現代まで引き継がれているのである。』 ・・・匂いの持つ力は、想像を遙かに超えて大きいようです。
 それにしても最近のテレビコマーシャルは、匂いを消す商品のオンパレードですね。部屋の匂いはもとより、自分の体臭まで。・・・まるで何の匂いもしない作り物の世界が理想のように。せめて、吟醸酒のあの素晴らしい香りと味だけは、いつまでも残り続けることを祈りながら・・・乾杯!

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平成9年 東北新酒鑑評会優等賞受賞蔵

 4月に、東北新酒鑑評会が仙台で開かれました。以下に優等賞受賞銘柄をお知らせいたします。ちなみに山形県は東北で一番の入賞を果たしました。
【吟醸酒の部】
宮城県 勝山・浦霞(本社・矢本蔵)・見龍・宮寒梅・玄昌・栗駒山・さゝ錦・澤乃泉・伏見男山・乾坤一
岩手県 岩手川・あさ開・清冽菊の司・南部杜氏・岩手誉・磐乃井・浜千鳥・龍泉八重桜・南部美人
福島県 あだたら菊水・雪小町・地酒三春駒・穏・清川・國権・金紋會津大吟 醸・開當男山・花春・名倉山・会津藩・夢心・きたのはな・会津清川・会津 吉の川・自然郷・吟醸又兵衛・太平桜
秋田県 太平山・北鹿・太平楽・楽泉・喜久水・由利正宗・天壽・飛良泉・出 羽の富士・国乃誉・出羽鶴・刈穂・秀よし・奥清水・かまくら・館の井・天 品・まんさくの花・爛漫(本社工場・岩崎工場)・福小町・一滴千両


青森県 金冠喜久泉・豊盃大吟醸・菊乃井大吟醸・安東水軍・鳩正宗
山形県 寿久蔵・壺天・出羽桜(本社工場・山形工場)・千代寿・銀嶺月山・ あら玉・一声・六歌仙・花羽陽・初孫(本社工場・本町蔵)・上喜元・清泉 川・麓井・東北泉・栄冠菊泉・鯉川・栄光冨士・羽前白梅・くどき上手・羽前桜川・米鶴・一献醸心・酒中楽康
【純米酒の部】
福島県 奥の松・開當男山・会津吉の川・太平桜・みちのく純米酒
秋田県 由利正宗
青森県 鳩正宗
山形県 やまと桜純米酒・白銀蔵王



編 集 後 記
○パソコンを買って一ヶ月。最初の頃は、机の上に鎮座ましましているパソコンがいやに大きく見え、その上、何か操作するたびにパソコンの画面に現われる質問の意味がまるで理解できず、こいつはエイリアンかと思ったほどでした。それでも習うより慣れろってんで、独学で、どうにかこうにか富田通信を作れるようになりました。おかげでエイリアン語が少しは理解できるようになったのですが、代わりに肝心の人間語に少し支障を来たしています。さぁてと、釣りにでも行って回復をはからねば・・・。

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