第112(97.01.10)


「この酒、うちでしか無いよ」???

 明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願い致します。

 今年の新庄は十数年振りで、雪の無いお正月を迎えました。このままいくかと思ったら、2日は雨、3日は昼から猛烈な吹雪、あっという間に積雪40センチ程になりました。・・・やっぱり甘くなかった。それでも、例年に比べれば暖かいのか、現在の積雪は20センチ程です。
 ところで最近、こんな会話がありました。
 店内をぐるっと見渡して、「お宅にKという酒、ある?」
「そのお酒は会員店でしか売っていない酒ですので、当店では扱っていません。何なら会員店をご紹介しますか?」
「じゃ、Jという酒、ある?」
「そのお酒は東京の数件の小売店の専売酒ですのでございません。」
「ふ〜ん、無いの。どこかの酒蔵で、旦那が趣味で造っているなんとかっていう酒も手に入らないんだってね?」
「・・・あの〜、お飲みになったことはあるんですか?」
「いや、無いんだけれど、中々手に入らないって聞いたもんだから・・・」
「・・・自分が飲んで美味いと思った酒が一番いい酒なんじゃないですか?」
「・・・・」


結局そのお客様は普通のお酒を買って帰られましたが、私はすっかり考えこんでしまいました。どうしてこんなことになってしまったんだろうと。

 前置きがすっかり長くなりましたが、今回の富田通信はこのことについて考えてみたいと思います。

囲い込み現象
 ある酒蔵の特定の酒を会員店だけで販売することを囲い込みというのだそうです。この囲い込み、実は以前からあったのですが、最近特に数が増えて目立つようになってきました。

 どうしてなんでしょう。理由の一つに吟醸酒が世の中に認知されて、吟醸酒を造る酒蔵が増えたことが挙げられると思います。
 篠田次郎氏の「最新吟醸酒」という本によると、昭和53年には市販吟醸酒は34銘柄しかなかったそうです。それが現在、全国の蔵元の約8割の1300社を越える蔵元が吟醸酒を出荷しています。
 これは、吟醸酒ファンにとって実に嬉しいことですよねぇ。競争によって吟醸酒の品質にさらに磨きがかかりますし、気軽に色々なタイプの吟醸酒を味わう機会が増えるのですから。
 かつて、吟醸酒がまだ世の中にほとんど知られていなかった時代には、吟醸酒の美味さとそれを造っている蔵元の生き方に感動した人々は、その感動を他の人々に伝えようと身銭を切ってまで運動しました。そして長い歳月をかけて栄光の銘柄が育っていきました。

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 ところが、吟醸酒を造る蔵元、それを扱う卸屋、酒の小売店の数がこれだけ増えてくると吟醸酒に対して別の考え方をする人が出てきます。

 つまり、吟醸酒に対して惚れ込みや感動よりも、商品としての経済的価値を優先する人達です。そして、囲い込みは彼らが考えました。囲い込みに参加する蔵元、卸屋、小売店は見事にその利害が一致しています。蔵元は自分の造った吟醸酒を確実に買ってもらえるわけですし、卸屋・小売店は自分のとこでしか扱っていない商品として、他の店に対して差別化できるわけですから・・・。

 彼らはマスコミを使ってその酒を宣伝し、マスコミもまた、これだけ物余りの時代にそこでしか買えない商品は珍しいってんで取り上げました。

 かくして、「この酒、うちでしか無いよ」が大手を振って罷り通るようになりました。

 でも、この「この酒、うちでしか無いよ」という言葉、よく考えると実におかしな言葉ですよね。いったい「うちでしか無い」ということにどれ程の意味があるっていうんでしょうか。肝心なのは、無いか有るかよりも、美味いか不味いかだと思うんですけれど・・・。


 いったん「この酒、うちでしか無いよ」の世界にはまってしまうと中々抜け出せないんですよねぇ。人の持っていない物を自分だけが持っているという優越感をくすぐられるんですから・・・。残念なことに、そこでは美味いか不味いかよりも、無いということが絶対的価値を持ってしまうのです。

 商売のやり方、人の生き方は様々ですから、このような売り方があってもいいと思うのですが、吟醸酒が品質競争を離れ、手に入らないということが絶対的価値を持つ、そんな世界にだけはなって欲しくないと思うのです。

 ちなみに当店は造り酒屋じゃありませんので、美味い酒はあっても当店でし

か無い酒はございません。・・・乾杯。




もうひとつの『吟功績賞』

 去年の暮れ、大阪のTさんから宅急便が届きました。彼女は私が富田通信を15号でもう止めようと思い悩んでいた時に、私を励ましてくれて、富田通信を続ける気力を与えてくれた恩人です。

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 何だろうと思い、包みを開けてみると、『お祝いの気持ちを伝えたくて、富田さんの「功績」が私のほんの回りだけでもこんなにあるのだと知って欲しくて寄せ書きをまわしてみました。』で始まる手紙と、私の知らないたくさんの方々の暖かい言葉の寄せ書きの色紙が2枚、額に入ってありました。

 あまりにも思いがけない贈り物に目頭が熱くなりました。去年11月15日に頂いた第3回『吟功績賞』に優るとも劣らない、いや、それ以上の贈り物でした・・・。色紙に書いてあるTさんの言葉を紹介させて頂きます。

「吟功績賞受賞おめでとうございます。受賞されると聞いたとき、吟醸酒について熱心に説明して下さったあの出会いの日を思い出し、まさに富田さんにこそふさわしいと思いました。富田さんの思いは確実に人から人へと伝わり喜びの輪を拡げているのですよね。それを大きな賞として皆さんが認めて下さるというのは、私が言うのは大変おこがましいですが、とても誇らしくさえ思え嬉しいかぎりです。

 ひとつの道に思いを寄せるというのは、なんとすばらしいことなのでしょう。私も富田さんを見習って自分をいかす道を探したいと思います。


 出会いの冬からもう8度目の冬・・・。遠い所からご無沙汰ばかりの私ですが、お酒のことに限らず、富田さんの下さった、いろんな思い、あたたかさや人の絆の大切さ、それらすべてに今改めて感謝致します。ほんとにありがとうございます。」

 ・・・お礼を言わなければならないのは私です。私こそ、Tさん始め多くの方々から、生きる力を与えてもらっているのです。本当に、本当に、ありがとうございます。




編 集 後 記

○吟功績賞を頂いたことで、たくさんの方々からお祝いの手紙や電話を頂きました。本当に有り難うございました。皆様から頂いた言葉は私の心に深く染み込んで、私がこれから進む道の道標になってくれるでしょう。富田通信、いつまで続くか分かりませんが、これからもよろしくお願い致します。

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