新庄は今、稲刈りの真っ最中。田圃のあちこちで大型の機械が、まるで電気バリカンのように動いております。 稲刈りといえば、9月14日と15日、「田楽・山楽inかねやま」で春に植えた酒米の稲刈りに金山町に行ってきました。春に植えたのは「出羽燦々」という酒米でしたが、まだ刈り取り時期に達していないというので、美山錦という酒米の刈り取りとなりました。 農家の方に刈り取りの指導を受け、「くれぐれも指を刈り取らないように」と脅されながら鎌をもらい、参加者一同見事に実った田圃へ。 おっかなびっくり鎌を稲にあてる・・・ザクッ、意外と簡単に切れる。指は・・・無事。気を良くして次の株へ。こうして4株切ったところで、手にもった稲を下に置いて、また4株切って、先に切った4株と合わせて8株となったところで、ワラで縛って一束にします。 |
酒の名を聖(ひじり)とおほせし これは、万葉の歌人大伴旅人(おおとものたびと)が歌った「酒を讃むる歌十三首」中の一首で、その意味は「酒の名を聖とつけた昔の大聖人の言葉の何とよいことよ」ということなのですが、その大聖人(大き聖)とは、魏の徐という人を指すのであろうとの説があります。 すなわち、『三国志』魏志の徐伝によると、魏の太祖曹操(紀元前400年頃)が禁酒令を出しました。ところがあるとき徐はひそかに飲み「沈酔」していたのを見つけられ「只今聖人と会っておりました」と逃げましたが、それを伝え聞いた曹操は大いに怒って、彼を誅しようとしました。すると、曹操の側近が助けていわく、「日頃人民共はないしょで酒を飲んでいますが、そのため清い酒を“聖人"濁った酒のことを“賢人"という隠語を使っています。 | |
李白の有名な詩「月下独酌」中にも、次のように述べています。 已聞清比聖(むかし清酒を聖人に比べたと聞く) 賢聖既已飲(聖人、賢人を飲んでしまった以上は) 三盃通大道(三盃で大道に通暁し) 但得酒中趣(ただ、酒中興趣を解すればよい) |
さすがに李白、いいことを言いますねぇ。こうなったら私もすっかり空になった頭を吟醸酒で満たすことにしましょう。・・・乾杯!
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