7月7日、梅雨の晴れ間の実に爽やかな日です。陽光が池の水面に反射して、家の壁面にゆらゆらと光りの波紋を描いています。 明治時代の日本に本当にあった話。 新潟県中蒲原郡横越村二本木の酒造家で、遠藤儀右エ門という人がおりました。ある晩、村の青年たちが同家に集まって、娘っ子の評判話、力自慢、大食、大酒自慢の話とはずんできたので、興に乗った儀右エ門が、「焼酎一升飲む者があったら、賞金二円と新しい下駄を一足やろう」と言い出しました。 何しろ醸造元の焼酎で、火をつけると燃えるというしろものですから、さすがの若い衆たちも、それでは俺が、と言い出せません。 |
さて、弔いがすんで三日目の夜中、源吾の家の戸をはげしくたたく者があります。開けてみると、遠藤方の酒男が真っ青な顔をして飛び込み、ワナワナふるえつつ、やっとのことで「源吾の幽霊が」と言う。そのうちにまた戸をたたく音がして、「おっかあ。あけてくれ」と、まぎれもない源吾の声に、お袋は腰を抜かしたが、さすがに親父、念仏をとなえながら戸を細目に開けて見ると、経かたびらを着た真っ白な影、まさしく源吾の幽霊。 「源吾、迷わず成仏しろナムアミダブツ」 「水をくんねえ、ああ喉がかわく」 そこで、茶碗の水をやると、うまそうに飲む。幽霊にしては変だぞ、と気がついてよく見ると、正真正銘の源吾に家中びっくりするやらうれしいやら・・。 源吾の話では、焼酎を飲んだまでは覚えているが、後は何もわからぬ。目がさめてみると真っ暗で息苦しい。どうも埋められたらしいと考えて、一所懸命押していたらやっとのことで世に出られたということです。 (住江氏『酒の浪曼』より) | |
けちな坊主が造った酒が仏罰で蛇に化したという話。 摂津の国に住む、そのけちな僧は、たまたま説教供養の礼にもらった餅を、誰にも分けずにしまっておきました。あまりに古くなりカビが生えてきましたので、その妻が「惜しいから酒にしましょう」というので壺に入れて仕込んでおきました。 そして、しばらくたったある日、もう酒になった頃だろうと、妻が壺をとってみますと何か底に動くものがある。灯をつけてよく見ると蛇です。キャアーッと妻君にすがりつかれて、僧も恐る恐る確かめると、まさしく大小数十匹の蛇が、からみ合っています。そこで夫婦はその壺を担いで遠く離れた広野に捨てて帰りました。 |
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