第58号(92.07.10)


吟醸酒浪漫

 まるで枝々の先に薄緑色の羽飾りをつけたような栗の花が咲き、梅雨時の情景をいっそう幻想的なものにしています。といっても、今年はカラ梅雨の気配ですが・・・。

 吟醸酒という言葉は、テレビの二日酔防止の薬のコマーシャルソングの中にも出てくるほどに、すっかり一般的になりました。それはそれで、喜ばしいことなのかもしれませんが、反面、吟醸酒の中に脈々と流れている蔵人たちの熱い想いや吟醸酒に惚れ込んだ人々の想いが忘れ去られてしまう危険性もはらんでいます。日本吟醸酒協会会長の篠田次郎先生の言葉を借りれば「『絹のハンカチ』が、あっというまに『ボロ雑巾』に変わってしまう」危険性です。長年、吟醸酒に惚れ込んでやってきた人々には、耐えられないことだと思います。『絹のハンカチ』を『ボロ雑巾』にしないためにも、吟醸酒を取り巻く現在の状況について書くことにしました。

 皆さんご存じのように、吟醸酒は昭和の初めに品評会の中で生まれました。蔵人たちが、ただひたすらに、技術向上と酒質向上を目指して造り上げた酒です。そんな酒でしたから、市場性、商品性のことなど勿論、頭にありません。これは、資本主義社会の中にあっては大変にめずらしいことです。

 当時灘のメーカーは、商品にもならない品評会のためだけの吟醸酒造りは何の意味もない、地方の名もない蔵の酒が多く入賞するのは、灘の地位を危うくするものだとして、品評会をボイコットしていました。そして、昭和35年には、京都・兵庫酒造組合が品評会をぶっ潰してしまったのです。

 そんな弾圧にあっても、地方の蔵の吟醸酒への想いは冷めるどころか、国の醸造試験場でやっていた鑑評会への出品という形をとって、酒質向上へと走っていったのです。

 昭和40年代後半、偶然に吟醸酒に出会い、吟醸酒の美味しさに感激し、すっかり吟醸酒のとりこになってしまった、ごく一部の酒屋、料飲店、マニアたちが吟醸酒を世の中に広げていきました。しかし、その努力は並み大抵のものではなかったのです。当時の日本酒に対する大方の意見は、「どれを飲んでもたいして違わない」、「2級酒(吟醸酒)のくせになんで特級酒より高いの」などなど、品質よりも価格と銘柄で買っている人が大勢を占めていたのです。かくいう私も昭和50年代の初めに吟醸酒に出会うまでは、そう思っていました。

 初めて吟醸酒を口にしたときのあの感激は今でも忘れません。それ以来、すっかり吟醸酒のとりこになって、吟醸酒を薦めてきました。

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一本の吟醸酒を買ってもらうのに、1時間も2時間も説明して(なにしろ、今と違って吟醸酒という言葉さえ知られていない時代でしたから)、それでも買ってもらえないことが度々でした。それだけにまた一本の吟醸酒を買ってもらった時の喜びは、酒10本を買ってもらうより遙かに大きいものでした。

 吟醸酒を知れば知るほど、その酒の中に流れている蔵人たちの熱い想いに身震いし、あだや疎かには出来ないという思いから酒質保護のために、「売れない酒(吟醸酒)を在庫したうえに冷蔵庫まで買うなんて」という無言の圧力?を背中に感じながら酒専用の大型冷蔵庫を人の目につかない(冷蔵庫内の温度変化を防ぐために、出来るだけ人の出入りを少なくするため)家の一番奥に造ったのも、今は懐かしい思い出となりました。

 時が経ち、今や吟醸酒全盛、やっと吟醸酒の文化が花開こうとしています。しかし今、数々の試練に耐え、やっと咲きかけた可憐な花を、土足で踏みにじろうとしている人達がいるのです。あれほど吟醸酒を嫌い、品評会までぶっ潰しておきながら、吟醸酒に市場性がでてきたとみるやいなや、巨大な資本力にものをいわせ研究費をおしみなく使い鑑評会で数多くの金賞をとり、旨いとはいえないがまずいともいえない吟醸酒を圧倒的なコマーシャルで売り込む、灘・伏見の大手メーカー。


 今、超人気の蔵の吟醸酒をしゃかりきになって集めプレミアをつけて売ったり、その吟醸酒の値引きを餌にして料飲店の獲得にはしる、酒屋たち。などなど・・・。

 彼らには、酒を愛する心、酒を守り・育てる心などないのでしょうか? 吟醸酒は単なる商品や儲けの道具ではないはずです。 酒を愛する皆さん! 素晴らしい吟醸酒には、その酒にかけた蔵人たちの熱い想いが脈々と流れていることを忘れないでいてください。

 そして、『絹のハンカチ』がいつのまにか『ボロ雑巾』に変わってしまうことのないように、いっしょに吟醸酒浪漫をいつまでも語りつづけていきましょう。





…… 編集後記 ……
 今回はかなり過激な内容になってしまいました。吟醸酒の事となるとつい夢中になってしまって・・・。冷汗。

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商 品 案 内

出羽桜『蔵出し大吟・一耕セット』
 このセットのために詰めた大吟醸と口中で広がる豊かな風味で好評の純米酒一耕のセットです。お酒の好きな方にぜひどうぞ。

各720ml・2本入  ¥3,000

初孫・吟醸酒『峰の雪渓セット』
その名のように、すっきりとフルーティーな美山錦100%の吟醸酒セットです。

300ml・5本入  ¥3,500


第五回『名酒を楽しむ集い』ご案内

 前号でご紹介しましたように、日本吟醸酒協会会長の篠田次郎先生をお迎えして、第五回『名酒を楽しむ集い』を開催いたします。

 今回は特に、当店が冷蔵熟成した大吟醸古酒を日本料理で楽しんでいただこうというものです。 二度とない企画です! ぜひご参加くださいますようご案内申し上げます。

日時:平成4年10月24日(土)
      受付:午後6時
      開宴:午後6時30分
会場:つたや本店
   新庄市常葉町3−25 tel 22−0434
会費:8,000円
定員:50名
主催:富田酒店

なお、大吟醸古酒リストは以下のとおりです。
栄光冨士「古酒屋のひとりよがり」六年古酒
出羽桜「大吟醸」五年古酒
出羽桜純米吟醸酒「一路」五年古酒
麓井「金賞受賞酒」二年古酒
亀の井純米吟醸酒「くどき上手」二年古酒


 参加資格は、お酒を愛する方でしたらどなたでもけっこうです。特に女性は大歓迎です。定員になりしだい締め切らせていただきますので、富田酒店まで、お早めにお申し込みください。

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E-mail:tomita@vega.ne.jp ->メール