第48号(91.09.10)

職人名語録

 寒さと雨にたたられた今年の夏をつぐなうかのように、連日30度を越す残暑が続いています。なかなか疲れがとれませんねぇ。

 ところで、あとひと月もすると日本酒の仕込みの準備が始まりますが、皆さんは杜氏(とうじ・とじ)を頭とする、酒を造る職人集団をご存じですか?

厳寒期に身を切るほどの冷たい水をつかって、昼夜の別なく酒を仕込む彼らの仕事は、過酷そのものです。そんな彼らを支えているものは、いい酒を造りたい、旨い酒を造りたい、という狂おしいまでの情熱です。特に吟醸酒は彼らの血と熱意そのものといってもいいでしょう。

 近年、灘や伏見の大手メーカーが、コンピューターを駆使して「うまいとはいえないがまずいともいえない酒質」の吟醸酒を出していますが、そんなものとは雲泥の差があります。 もちろん、手作りの酒の中にもまずいものはあります。手作りだから全てが良いとは限りません。
 私たちはもっと本物を見抜く目と舌を持たなければなりません。そして今、だんだん少なくなってきている杜氏さんや職人さんたちを温かく見守り、新たな人を育てていかなければなりません。

 前置きが長くなってしまいましたが、今回の富田通信は、そんな職人さんの心意気を、永六輔さんがまとめた「職人名語録」より拾ってみました。

職人名語録

「出雲で鍛冶屋をやっている最後のひとりになっちまいましたのォ。喰えません。農具が専門ですから、みんな機械になっちゃってあんた。『村の鍛冶屋』って歌が唱歌からはずされて・・・あのときに転業しときゃよかったと思ってねェ。喰えません」

「私ア、名もない職人です。売るために品をこしらえたことはありません。ええ、こしらえたものがありがたいことに売れるんでさァ」

「むかしは、目立たないように生きる、そういう考え方でしたよね。いまは、目立つように生きる、そうなっていますわね」

「百姓ってものは、百種類の作物を作れる職人ってことなんだってさ」

「人間国宝になるというのも大変ですが、私の師匠の紙すきは、すいた紙一枚ずつ、人間国宝ナンノナニガシという印を押すんですよ。えェ、私が押す役なんです。職人の仕事そのものが名前だと思うんですけどねェ。名前だけをありがたがる人がいるのも困ったもんですよ」

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「批評家が偉そうに善し悪しを言うけど、あれは善し悪しじゃなくて単なる好き嫌いを言ってるだけなんだよ」

「何かに感動するってことは知らないことを初めて知って感動するってもんじゃございませんね。どこかで自分も知っていたり、考えていたことと、思わぬときに出くわすと、ドキンとするんでさあね」

「褒められたい、認められたい、そう思い始めたら仕事がどこか嘘になる」

「刺子は刺すんです。縫うのではありません。その刺子をミシンでやりたいなんていう人がいるんですからね」

「職人が何かすることありませんか、なんて言うなよ。すること探して黙ってやってろよ」

「三味線の材料がだんだん輸入ものになっているうえに、ばちは象牙でしょう。象牙が手に入らなくなるでしょうけど・・・象が滅びるかといえば・・・ひょっとして三味線弾きのほうが、先に亡びそうですねェ」

「何たって健康が一番よ、健康であれば死んじゃったっていいよ」

「職業に貴賤はないと思うけど、生き方には貴賤がありますねェ」

「200年の木を使ったら、200年は使える仕事をしなきゃ、木に対して失礼ですから」

「人間、出世したか、しないかではありません。いやしいか、いやしくないかです」

「若いデザイナーが、いま頃になって江戸のデザインはモダンだなんて言っているけど、いやですね、日本回帰趣味ってのは。そんなこと、いまさら言って、喰えたりするんですからね。パリで風呂敷のデザインを発表するなんて何を考えているんだか・・・。いよいよ、日本も文化遺産の切り売りですかねェ」

「いやんなっちゃった、オレが一人前じゃないのに、若い連中を育てなきゃならねぇなんて」

「食べておいしいものは簡単につくれます。喰ってうまいものとなると年季がかかりますねェ」

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「高いつもりで低いのが教養、低いつもりで高いのが気位、深いつもりで浅いのが知識、浅いつもりで深いのが欲望、厚いつもりで薄いのが人情、薄いつもりで厚いのが面皮」

「オレは貧乏だ、しかし貧乏人じゃないよ」

「好きな道ですか?・・・好きな道ねェ、・・・帰り道かなァ」

「美しい風景を、そこに暮らす人の財産だと思う。そういう気持ちがないんですよねェ」

「寒いときに、ふるえるでしょう。ふるえていると、身体があったまってくるんですよ。だから、寒かったら、ふるえていればいいんです」

「日本の山には、ただ生えている木がありません。育てられているのです」

「炭火みたいな人間になりたいって言ったら、笑われちゃったんだけど、いるじゃない、炭火で消えているような感じなんだけど、内側はもえているっていうの」

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