第37号(90.10.10)

吟醸酒物語

 暖かかった新庄も、このところ急に冷え込み、朝晩はストーブかこたつが恋しい季節になりました。庭の柿も色づきはじめ、いよいよ秋本番といったところです。

 秋といえば、食欲の秋。お酒が一段と美味しくなる季節です。汗をながして採ってきた山の幸を肴にしてまず一献・・・、たまりませんねぇ。つくづく新庄の良さを感じる一時です。

 今回の富田通信は、芸術の秋にちなんで、お酒の芸術品である吟醸酒の歴史について、あれこれ書いてみたいと思います。(吟醸酒とは何かについては、富田通信17号に書きましたので、そちらをご覧になってください。なお17号を欲しい方はお申し出ください。バックナンバーを差し上げます。)

はじめに言葉があった

 吟醸という言葉は、今私たちが飲んでいる吟醸酒ができる遙か以前からあったようです。篠田次郎氏の「吟醸酒」という本によると

 『吟醸ということばは、酒質や製造方法を表すことばではなく、酒全般についての単なる誉めことばだった。吟味してつくりました、という程度のことばだった。

 酒樽のこもや酒びんのレッテルに、酒倉の商標が描かれている。明治17年商標条例ができるずっと以前からのことである。商標だけではさびしいので、おめでたい図柄とか、ありがたそうな文句なども並べられた。「清酒之精華、百薬之長、芳醇無比、天下無双、名声轟四海、芳香薫万邦」などと。製造元が記されているところには「謹製」とか「吟醸」と書かれている。このように用いられた中から吟醸だけがひとり歩きをはじめた。』とあります。

 それでは、今日、私たちが飲んでいる吟醸酒はいつごろ誕生したのでしょうか。

吟醸酒の誕生

 吟醸酒の歴史を語るには、明治40年から1年おきに開催された全国清酒品評会のことから始めなければなりません。当時最も優秀で高価な酒は灘酒であり、全国の酒造家たちは灘の酒を目標に酒造りに励んでいました。

−1−


 日本醸造協会の主催する全国清酒品評会は、地方の酒造家たちの登龍門であり、ここで賞をとることは酒造家として最高の名誉であるばかりでなく、全国に自分の酒の優秀さを示す絶好の機会でした。

 そこで彼らは、賞を取るために、市販酒とは違う品評会用の優れた酒を造ることにしのぎを削るようになりました。こうした中にあって科学技術も格段に進歩していました。

 大正末期に切削式の竪型精米機が考案されるやいなや、昭和6年ごろには全国の酒倉に普及していたというのもこういう事情があったためです。

 それまで精米は横型摩擦式精米機でおこなっていましたが、この精米機は20パーセント削るのがやっとでした。ところが竪型精米機を使うと50パーセントでも60パーセントでも思うように削ることができます。また酒の仕込みに使う木桶もホーローのタンクにかわっていきました。

 やっとあのりんごのような吟醸香をもった吟醸酒ができる下地ができたのです。

 そしてついに昭和6、7年ごろに吟醸酒が誕生したのです。ちなみに日本で初めて吟醸酒を誕生させたのは、秋田の新政の四代目の蔵元・佐藤卯兵衛氏といわれています。

売れなかった吟醸酒

 ところで、皆さんは吟醸酒という酒を知ったのは、つい最近ではありませんか?古くてもせいぜい10年ほど前からではないでしょうか。なぜ昭和初期に生まれたこの素晴らしい吟醸酒がつい最近まで知られなかったのでしょうか。

 答えは簡単で、売れなかったのです。吟醸酒が生まれた昭和初期は、酒の消費者の嗜好は大幅に甘口の酒になっていました。そんな中であまりにも淡白で香りの高い吟醸酒は売れなかったのです。その後日本は、戦争に突入。食糧不足の中にあって米を大幅に削る吟醸酒の製造は禁止されました。戦後しばらくは、この状態が続きましたが、吟醸酒に取りつかれた男たちは、国税庁醸造試験場の春の新酒鑑評会に出品を始めました。時代はまだまだ甘口酒全盛期で吟醸酒は売れませんでした。

−2−

 しかし、嗜好が変わって辛口酒が見直されてきた昭和40年代の終わりに、品評会用の酒でしかなかった吟醸酒がやっと日の目を見たのです。

 そしてついに、昭和50年1月1日に「清酒の内容表示」が実施され、吟醸の表示についての取り決めがなされました。

 今まで書いたように吟醸酒は、日本の酒の悠久の歴史の中できわめて新しいタイプの酒です。私は酒呑みとして、また酒屋として、この素晴らしい酒に出会えたことを本当に感謝しています。乾杯!


……… 編集後記 ………
○富田通信も4年目を迎えました。何事にも三日坊主の小生がよくぞ続いたものだと我れながら驚いております。これも読者の皆様の暖かい励ましのお蔭です。これからも宜しくお願い致します。○9月9日は重陽の節句。杯に菊の花びらを浮かべて長寿を祝う日であります。酒は百憂をはらい菊はまた年の衰えをとどめるといいます。今年の旧暦の9月9日は、10月の27日です。小生もこの日、杯に菊の花を浮かべて皆様の長寿を祈ることにしましょう。

−3−



E-mail:tomita@vega.ne.jp ->メール